トピック:多重人格と記憶回復療法


1.ヒステリー、PTSD(Post Traumatic Stress Disorder)、解離

「心的外傷はシャルコー(Charcot, 1887)のヒステリー研究によって始まった。シャルコーは女性ヒステリー患者の痙攣発作に関心を抱くようになり、その研究の中で「ヒステリーは心理的原因としての外傷的なショックによって起こる」とした(飛鳥井,1992)。その後、第一次世界大戦時に近代兵器による大量虐殺が繰り返され、並外れたショックを受けた多くの兵士が女性ヒステリー患者と同じ症状を示した。初めはその症状を炸裂する砲弾の衝撃で脳震盪を起こすためや一酸化炭素の影響と考えられ、マイヤーズ(Myers, 1915)により砲弾ショック(Shell shock)と病名がつけられたが、身体的に外傷をまったく受けなかった兵士にも同じような症状が見られたことから砲弾ショックの症状が心理学的外傷によるものであることを認めずにはいられなくなり、その後の研究で恐怖や驚愕といった心理的原因によるものと結論づけた(ハーマン、1996)。

 シャルコーの死後、ヒステリー研究はフロイトとジャネによって引き継がれた。フロイトの研究から出た外傷理論とは、幼児期に兄弟や父親から誘惑されたことによる性的誘惑説(seduction theory)から、後に患者の性的外傷体験は事実ではなくファンタジーであるという見方に変わっていった。その一方でジャネ(Janet, 1872)は意識野というものを考えた。この意識野で日々の体験が認識され、その人の中にあるシェマ(範例的図式)にしたがって下意識(シブコンシャス)に暗号化され新たなる記憶システムをつくる。恐ろしすぎる体験や奇怪な体験が、意識野での認知のコントロールを超えてしまうことで、恐怖感覚そのものは下意識に蓄積されるが、意識野からは分離されてしまうので恐怖感覚の断片が病的な心理自動症(オートマティズム・プシロジク)として後になって表現される。これをジャネは「解離(ディソシアシオン)」と呼んだ。解離して断片化した記憶が、既存の意識とは別の意識領域をつくることを「下意識固着観念」とし外傷性記憶のことを示した(斎藤,2000)。このメカニズムが現在の研究者の間で再評価されている(中山,2000)。

  第二次世界大戦後再び戦争神経症に関心が集まり、1952年のDSM-Iにおいて「gros stress reaction」という診断サブカテゴリーがつくられた。この時期にカーディナーは戦争神経症患者が示す感情の収縮と共に、自律神経系の生理学的症状や様々な身体症状に注目し、生理神経症と名づけ、その後のPTSD概念の土台となった。そしてベトナム戦争で帰還兵の精神的後遺症が社会問題となりPTSDの概念が成立することになる。

 この時期に戦時海外のトラウマに関しても災害や事故の被害者を対象に研究が行われていった(Raphael, 1986)。そしてフェミニスト運動の影響もあってバーガスとホルムストームが報告したレイプ/トラウマ症候群(Burgess et al, 1974)やウォーカーのバタード/ウーマン症候群(Walker,1979)にも社会的関心が寄せられた。1960年代からは米国で大きな問題になりつつあった児童虐待に関しても研究が進められ、被虐待児症候群として数多くの報告がなされてきた。

 わが国におけるPTSDの歴史は非常に浅く、精神科の診断マニュアルに導入された後でもほとんど注目されることが無く、1995年の阪神淡路大震災以降にPTSDの研究がなされるようになった。」(http://www.insight-counseling.com/kizu/shousai/shousai_00.html)

「ヒステリーには、転換型と解離型の2つのタイプがあります。

   転換型のヒステリーというのは、何らかの葛藤やストレスなどの「こころ」の問題によって、声が出なくなったり、腕や足が動かなくなったりする状態のことをいいます。はじめは身体疾患との鑑別ができないために、神経内科や心療内科などに受診する場合も多いようです。本人は、ヒステリーであることを説明しても、「こころ」の病気であることを認めなかったりもします。そこには疾病利得的なところも関わっていると考えられます。また、このタイプの人は、ちょっと子どもっぽくなったり、ひどくなると赤ちゃんのような行動を示すこともあります。そして、まわりの人に無理難題を要求したりすることもあるようです。転換型ヒステリーの人と接する場合、まわりの人は振り回されないように気をつけないといけません。要求を無理に聞いてあげても、まったく喜ばないことが多いです。 何でも言うことを聞いてあげるのではなく、ちょっと冷静に突き放したくらいのつき合い方がちょうどいいのかもしれません。ただし、ほんとうに聞いてあげるべきことは、親身になって聞いてあげてくださいね。

  一方で、解離型のヒステリーは、意識がもうろうとなったり、「こころ」の問題が原因で記憶を思い出せなくなるようなことをいいます。また、突然家庭や職場からいなくなって放浪し、昔のことを思い出せなくなったりするようなこともあります(解離性遁走)。まあ、記憶喪失と言ってしまってもいいのかもしれませんし、突然蒸発して別人として暮らしているようなこともまれにあるようです。基本的には、強烈な心的ストレスを受けたときに生じやすいといわれています。ただし、器質性の障害があったり、薬物を乱用している可能性、また詐病の可能性も疑わなければならないでしょう。

   DSM−4では、ヒステリーという用語は使われていません。

転換型のヒステリーは身体表現性障害の中の転換性障害に、解離型のヒステリーは解離性障害の中の解離性健忘、解離性遁走に分類されているようです 」(http://lulu-web.com/his.html)

*アメリカ精神医学会が発行している「精神障害の診断と統計マニュアル」(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)のことを、略してDSMと呼ぶ。IV(4)がついているのは、第四版だから。


2.解離性同一性障害(多重人格)の定義

  多重人格(Multiple Personality Disorder; 略称 MPD)という診断名は、DSM-III(1980)で取り上げられ、DSM-IV(1994)では、解離性同一性障害(Dissociative Identity Disorder; 略称 DID)と名称変更されました。この変更は、多重人格の「分身」のそれぞれが「人格」としての統合性を持っているとはいえず、中には人格の断片に近い状態もあるという観察と認識によります。一方、ICD-10(国際疾病分類、精神および行動の障害、1992)では、多重人格障害((Multiple Personality Disorder)が使われています。このように、多重人格障害と解離性同一性障害は同義語です。 


DSM-IV

A 2つ以上の異なる自我同一性または人格状態の存在(その各々は、環境および自己について知覚し、かかわり、思考する比較的持続する独自の様式をもっている)。

B これらの同一性または人格状態の少なくとも2つが反復的に患者の行動を統制する。

C 重要な個人的情報の想起が不可能であり、ふつうの物忘れで説明できないほど強い。

D この障害は、物質(例:アルコール中毒時のブラックアウトまたは混乱した行動)または他の一般身体疾患(例:複雑部分発作)の直接的な生理学的作用によるものではない

注:子供の場合、その症状が、想像上の遊び仲間または他の空想的遊びに由来するものではない

ICD-10 (ICD( International Classification of Disease)は世界保健機構が刊行している診断基準)

 この障害はまれであり、どの程度医原性であるか、あるいは文化特異的であるかについて議論が分かれる。主な病像は、2つ以上の別個の人格が同一個人にはっきりと存在し、そのうち1つだけがある時点で明らかであるというものである。おのおのは独立した記憶、行動、好みをもった完全な人格である。それらは病前の単一の人格と著しく対照的なこともある。

 二重人格の一般的な形では、一方人格が通常優位であるが、一方が他方の記憶の中に入る事はなく、またほとんど常にお互いの人格の存在に気づくこともない。1つの人格から他の人格への変化は最初の場合は通常突然に起こり、外傷的な出来事と密接な関係をもっている。その後の変化は劇的なあるいはストレスの多い出来事にしばしば限られて起こるか、あるいはリラクセーション、催眠、あるいは除反応[解除反応]をもたらす治療者との面接中に起きる。


3.抑圧された記憶の神話

  「抑圧記憶とは、無意識の中に蓄えられているトラウマ的な出来事の記憶である。ここで主張されているようなトラウマ的出来事の記憶は意識されることはないにもかかわらず、意識の思考や欲求や行動に影響を及ぼすとされている。ほとんどの人は望ましくない経験を意識的に抑圧する。多くの心理学者は、性的虐待やレイプといったトラウマ体験を無意識に抑圧するのは防御機構であり、バックファイヤを起こすことがあるのだと信じている。望ましくない経験は忘れ去られるけれども、許されるものではない。こうした経験は意識下に潜んで、過食症から不眠症にいたるまで、あらゆる心理的・肉体的問題を引き起こす。

  トラウマ的な性体験の記憶を無意識に抑圧するという理論には問題が多い。トラウマ体験が無意識に抑圧されるという説も、こうした無意識の記憶が身体疾患や精神疾患の重大な原因となるという説も、ともに裏づけとなる科学的根拠がほとんどないのだ。

  私たちは、人はものごとを忘れるものだということを知っている。また、人はときとして忘れてしまったことを思い出したりするものだということも知っている。だが抑圧の理論では、トラウマ体験を無意識に抑圧するプロセスが存在し、恐怖の体験が無意識に“収められ”、そしてこうした抑圧記憶は思い出されることなく蓄えられて病的な思考や行動の原因となる、と主張しているのだ。抑圧なるものの根拠は、いったいどこにあるのだろうか?ほとんどの人は体験時に無意識に支配されてでもいないかぎりトラウマ体験を忘れてしまったりはしないが、これはいったいなぜだろうか?幼少時の明白なトラウマ体験が、その出来事の記憶ではなく抑圧記憶になり、大人になってから明白な精神疾患か身体疾患を引き起こした、そんな事例を、ただ1例でも示した者がいるだろうか?

  記憶に関する科学的根拠は、トラウマは無意識に抑圧されるのがふつうであるとする説を裏づけてはいない。抑圧に関する科学的根拠の強さは、まさにこの抑圧という語をどう定義するかによって異なる。抑圧という語を、記憶を故意に抑制することと狭義に定めるなら、こうしたことが起ることを疑う根拠はほとんどない。だがトラウマ体験を閉め出すために無意識かつ防御的になされるという抑圧のメカニズムについて言えば、この説はたいへん疑わしいものとなる。

  幼少時と成人後の現実生活におけるトラウマの記憶についての証拠によれば、こうしたできごと--たとえばチョウチラの誘拐事件や小学校で起きた狙撃事件、カンザスシティーのホテルでの歩道橋落下事故といったできごと--は一般にしっかりと記憶されている。....こうした恐怖の出来事によって真性不眠症が生じたことはほとんどなかった(シャクター, 1996, 256)。

  抑圧記憶療法を擁護している心理学者レノーア・タールは、抑圧はたとえば幼児虐待が繰り返し行われた場合のように、繰り返しあるいは多重に生じるトラウマについて起きると述べている。シャクターは“情報の反復は、その情報に関する記憶の喪失ではなく強化につながる。このことは何百もの研究が示している”と記している。また彼は、戦争中にトラウマを何度も経験した人は、たとえ子供であっても一般にその経験を記憶している、と記している。強烈なトラウマを体験した人は、その出来事を意識や夢から引き出すことができない場合が多い(サックス)。タールの理論では、その子供は悲惨な出来事を意識から消し去るために抑圧を学習し、忘却が生存のための手助けになる。だが彼女の支離滅裂な理論は、科学的根拠よりもむしろ憶測にもとづいたものだ。

  ほとんどの心理学者は、望ましくない経験を意識的に抑圧し、こうした出来事がずっとあとになって自発的に思い出されるのは、たとえ性的虐待であっても、非常によくある事実として受け入れている。議論の核心のほとんどは、抑圧記憶療法(RMT)によって回復された記憶の周辺にある。RMTを批判する者たちは、多くのセラピストは患者の抑圧記憶の回復を助けているが、エイリアン・アブダクションや性的虐待や悪魔儀礼といった偽りの記憶を暗示したり植え付けたりしていると主張している。」(The Skeptic's Dictionary 日本語版より)


参考文献

「多重人格障害」 パトナム他 春秋社 1999

「記憶を書きかえる-多重人格と心のメカニズム-」 ハッキング 早川書房 1995

「PTSDの医療人類学」 ヤング 1995 みずず書房

「抑圧された記憶の神話-偽りの性的虐待の記憶をめぐって-」 ロフタス・ケッチャム 誠信書房 1994

「危ない精神分析--マイン ドハッカーたちの詐術--」 矢幡洋 亜紀書房 2003