行動主義の要点


「私に、健康で、いいからだをした1ダースの赤ん坊と、彼らを育てるための私自身の特殊な世界を与えたまえ。そうすれば、私はでたらめにそのうちの一人をとり、その子を訓練して、私が選んだある専門家ー医者、法律家、芸術家、大実業家、そうだ、乞食、泥棒さえもーに、その子の祖先の才能、嗜好、傾向、能力、職業がどうだろうと、きっとしてみせよう。」  (ワトソン1930「行動主義の心理学」河出書房 p.130.)


重要事項  古典的(レスポンデント)条件づけ、オペラント(道具的)条件づけ、媒介変数、行動療法

重要人物  パブロフ、ワトソン、トルーマン、スキナー


(1)知的背景 心理学:経験論哲学由来の観念連合と構成主義における要素の複合の考え

        科学:シェリントンからセーチェノフ、パブロフにいたる反射の神経学研究

        思想:プラグマティズム(実用主義)における実際の行動的結果の重視  


(2)重要人物  

○パブロフ(1849-1936) ロシアの生理学者。行動主義の基盤となる研究をしたが自身は行動主義には組さなかなかった。消化腺の研究で1904年ノーベル賞を受賞。唾液分泌の観察、測定の実験のなかで条件反射を発見。今日、古典的条件づけとよばれる実験手続きや、消去、般化、弁別、制止、自発回復などの現象を見いだし名づけた。また嫌悪刺激として電気ショックをもちいたイヌの弁別実験において行動の混乱が見られることをしめし、これを実験神経症とよんだ。ねばり強い実験家で、晩年には言語も高次の条件刺激とする説を展開した。


○ワトソン(1878-1958) 運動としての行動主義の創始者。1912年に行動主義を提唱し、心理学は公共的に観察可能な行動のみを対象とし、行動の予測と制御を目指すべきだとした。またヒトは生まれたときにはごく限られた運動反射と情動反射があるだけで、それ以外の成人の複雑な行動や情動はすべて環境の影響によるものと主張した。運動としての行動主義をもっとも先鋭な形で定式化した。具体的な研究としては、恐怖反応の古典的条件付けが知られている。


○トルーマン(1886-1959) 行動主義の立場から認知心理学へ接近した研究者。ワトソンの主張に共鳴し行動主義の立場から動物行動研究を始めた。しかし、潜在学習や迷路学習の転移などの実験を通じて、行動はたんなる刺激に対する反応や反応の強化だけではとらえられず、行動を理解するためには認知地図などの内的な過程の想定が必要であることを主張した。学習の理論家ハルとともに、刺激(S)と反応(R)の間の媒介変数の想定が必要であることを言った。


○スキナー(1904-1990)行動主義の完成者。ソーンダイクの試行錯誤学習、効果の法則をうけて、動物の随意的行動の学習に重点をおき、スキナー箱を考案し、オペラント(道具的)条件づけの実験手続きと強化スケジュール、シェイピングなどの基本的概念を確立した。オペラント条件づけの立場から、教育工学におけるスモールステップの即時フィードバックをもちいたティーチングマシンの考案など、応用的、社会的問題にも取り組んだ。言語行動についてもオペラント条件づけに基づく理論を提案した。 


(3)基本的立場  観察可能な行動の形成法則を明らかにし行動を予測制御する


(4)基本テーマと方法 条件付けの手法を用いて学習による行動の変化とその条件を確定していく


(5)発展  非随意反応の古典的条件付けから感情反応の古典的条件付け、随意反応のオペラント条件付けと対象とする行動がひろがった。行動主義が明らかにした学習の手法と学習ルールは、臨床心理学における行動療法、教育における教育工学などの行動の修正にかんする応用分野にも適用された。さらにパブロフやスキナーなどは、言語行動などの複雑な認知的行動も条件付けの原理で説明しようとした。


(6)成果  古典的条件づけと道具的条件づけの実験手法の開発。基本的な学習ルールの定式化。条件付けの手法をもちいた行動療法などの行動修正の技法。これらは今日の心理学の基本の部分をつくった達成である。また独立変数の刺激に対する従属変数としての反応という心理学の発想も行動主義の影響のもとにある。


○古典的条件づけ:レスポンデント条件付けともいう。条件刺激(CS)の呈示後に無条件刺激(US)を対呈示することにより条件反応(CR)を形成すること。パブロフのイヌのベルに対する唾液分泌の例をあげると、ベルの音が条件刺激、肉粉が無条件刺激(US)、ベルに対してあたらしく形成される唾液分泌反応が条件反応(CR)、肉粉にたいして条件付けの前から存在した唾液分泌反応が無条件反応(UR)である。古典的条件付けに用いられる反応には、唾液分泌反応や皮膚抵抗の変化、内蔵反応などの自律神経系の反応のほか、屈曲、瞬きなどの筋運動などがある。情動反応はこれらの複合として位置づけられる。


○オペラント条件づけ:道具的条件付けともいう。自発的に生起する行動の反応の頻度を随伴して与えられる強化子によって操作すること。随伴する正負の強化子を様々なスケジュールで与えたり除去し行動の頻度の変化を見る。オペラント条件づけが対象とする行動は、動物のレバー押しなど、古典的条件付けにおける唾液分泌のような無条件の誘発刺激の存在は前提としない。オペラント条件づけの対象となる行動は一般には随意行動だが、バイオフィードバックなどの手法を用いれば、非随意反応の頻度の強化子によって操作も可能である。


○媒介変数:刺激や強化子など実験者が設定する独立変数、反応など独立変数に応じて生ずる従属変数、これらの外から観察できる行動の変数の間にあって、複数の独立変数に依存して内的に構成され行動に影響すると想定された変数を媒介変数という。


○行動療法:条件付けの手法と学習原理をもちいて問題行動を修正する療法。問題行動に応じて、系統的脱感作、フラッディング法、正負の強化子操作による行動制御、シェイピング法、トークン・エコノミー、モデリング法など種々の手法が用いられている。


(7)限界 行動における生得的要因を無視したため、ネズミでも、ハトでも、ヒトでも、同じ一様の学習原理で行動が説明できると想定した。しかし種に固有の防御反応や自動形成(Autoshaping)、味覚嫌悪条件付け、エソロジーが明らかにした刻印づけと敏感期など、種に関わらない一様の学習原理では説明できない多くの事実により、行動における生得的要因を無視が事実にあわないことが明らかになった。また、エソロジーの研究者からは、行動が進化した実際の環境を無視している点も批判された。第二の限界は行動学では、外から観察可能な刺激と反応の関係に焦点をあてたが、内的過程についてのモデルがなく、内的過程については媒介変数などの消極的な定式化しかされていなかったことである。言語学者のチョムスキーは、スキナーの行動主義的言語理論にたいして、人間の言語には単なる刺激と反応の連鎖としては原理的にとらえられない、階層的な構造があることを指摘し批判を加えた。最後に、行動主義は、行動の予測と制御を目標にしたが、生得的傾向をもち、複雑な内的過程によって遂行されている人間の行動に対しては現実的でも望ましくもなく、行動の理解と介入を目標とすべきとの批判がある。


参考文献

ヘッブ 1972 「行動学入門」 紀伊國屋書店

アイゼンク 1977 「神経症はなおせる」 ナカニシヤ出版

小川 1989 「行動心理ハンドブック」 培風館