続『封神』といえば『鋒剣春秋』(雑劇小説と民間信仰3)
清(しん)のころになりますと、多くの小説作品や演劇作品が、『封神演義』の影響を受けるようになります。
ただ、『封神演義』の続作とまでみなされるものは、そう多くありません。
以前に、『反封神榜』という作品を紹介しました。
しかしこれは「反何々」という小説が流行したころのもので、少し内容が異なります。
明確に『封神演義』の設定などを引き継いだと思われるのは、むしろ清の『鋒剣春秋(ほうけんしゅんじゅう)』とその一連のシリーズとなります。
ただ、『鋒剣春秋』といっても、たぶん中国の人に尋ねても、全然知らないと思います。
『封神演義』は、そら知らない人が少ないほどの知名度がありますが。
『鋒剣春秋』は、かなりマイナーな小説で、超メジャーな『封神』とは比べものになりません。
演劇に詳しいか、宗教に詳しいか、そういう人でないとわからないですね。
当然、中国文化を研究する人たちも、全然知らないと思います。
知らなくていいです・・・・。
いまはネットで原文が公開されていますので、だいぶ読みやすくなりましたが、以前は書籍自体、かなり入手困難でした(注1)。
近年になって少し研究も増えてきましたが、まだまだです。
このコラムは、紹介の意味もあって書いてみました。
ちゃんと研究しているわけではないので、事実誤認はあるかも。
演劇に詳しい人なら、多少は『鋒剣』の場面を知っているかもしれません。
テレビドラマとかにも、たぶんなってないですよねえ。
自分は個人的に『封神』の人物が出てくるので面白がって読みますが、そうでもないとつまらないと感ずるのでは。
『鋒剣春秋』は、清の嘉慶年間ころに書かれた作品と思われます(注2)。
作者は、黄淦(こうかん)だとも言われますが、根拠に乏しいみたいです。
舞台となるのは、秦の始皇帝が六国を統一する時代です。
つまり『キングダム』の時代とぶつかります。
『封神演義』の設定で『キングダム』をやるような小説と思ってください。
メインの役どころとなるのは、秦の側は王翦(おうせん)で、六国の側は孫臏(そんぴん)です。
六国も、斉(せい)と燕(えん)ばかり目立つのですが。
正直、この両者だと時代が合わないのですが、どうも孫臏は長生きをしているという設定かと思われます。
まあ、細かい時代は無視無視。
この王翦ですが、実は天上界の普化天尊が下界に降ってきているものです。
つまり、聞仲(ぶんちゅう)の転生となります。
そして孫臏は、これは姜子牙(きょうしが)を継ぐ人物とされます。
ただ、今回の天命は始皇帝の側にあり、『封神演義』の時とは天命を有する者が入れ替わっていることになります。
とはいえ、『鋒剣春秋』では、明確にどちらの側が正義かは、あまり描かれません。
最終的に、天界の裁定というかお節介により、天下は秦に帰することになりますが。
『封神演義』が2流の作品であるとすると、『鋒剣春秋』はさらに3流かもしれません。
ストーリー展開にムリがありすぎるのと、ご都合主義が多すぎるというところですか。
また、あまり明確に結末が描かれません。
これは語り物を主としたものだったのを、ムリに小説に落とし込んだためと考えられます。
まだしも『封神演義』のほうが、首尾一貫しているといえるかもしれません。
天界の構造などは、そこそこ『封神』を引き継いでいます。
ただオリジナルな設定も多いです。
たとえば、截教(せつきょう)の教主は、海潮聖人(かいちょうせいじん)という人物です。
「海潮老祖」とも呼ばれますね。たまに廟で見ますよ。
通天教主になりかわり、截教を率いることになっています。
王翦などは、その弟子という形です。
ほかにも、東華帝君(とうかていくん)などが弟子だったりします。
『封神』に登場した人物の多くは、天界で神になっているため、登場しても神としての扱いです。
哪吒(なた)・楊戩(ようせん)・土公孫(どこうそん)・楊任(ようじん)ほか、多くの神仙たちがまた出てきます。
一部『西遊記』の設定も引き継いでいるので、閉じ込められたままですが、斉天大聖(せいてんたいせい)も出てきます。
しかし、海潮聖人はじめ、オリジナルな設定も多いです。
まあ、『封神演義』を下敷きに、好き勝手やっているというか。
マイナーとはいえ、演劇に翻案されることの多い小説で、布袋戯(ほていぎ)などにも『鋒剣春秋』を題材としたものはそこそこあります。
たとえば、ユーチューブに上がっている「孫臏、黄叔陽と戦う」の段など見てください(ユーチューブ)。
また「魏天民と戦う」の段とか(ユーチューブ)。
いずれも閩南語です。
台湾の廟にも、それを題材とした絵などが飾られます。
注意していないと、それが『封神演義』由来なのか、『鋒剣春秋』由来なのか、時々わからなくなります。
まあ、海潮老祖が描いてあったら、だいたいそれは『鋒剣春秋』のほうです。
実は、『鋒剣春秋』は6部構成のシリーズの最後に当たります。
それが『六部春秋(ろくぶしゅんじゅう)』となります(注3)。
清代嘉慶年間あたりに作られたと思われるシリーズで、春秋戦国時代を描くものです。
『左伝春秋』がその第1ですが、この書名、すごくまぎらわしいですね。
当然、『春秋左伝』とは別の本です。
伍子胥が楚を脱出して呉に仕え、楚を破って仇を討つまでの話が主です。
次に、『呉越春秋』ですが、この名はもう完全に歴史の本とかぶってますね。
呉越の抗争を描くものです。
3番目は『英烈春秋』ですが、これもどこかで見たような書名。
別名『無塩娘娘伝(ぶえんにゃんにゃんでん)』で、斉の王妃となった伝説の醜女鍾離春(しょうりしゅん)を主人公としたものです。
彼女の力で、斉は天下に覇を唱えるまでになります。
美女ばかり注目しないで、こういう話も、もっと展開してほしいですね。
もっとも、彼女も天界に戻ると仙女の美貌になってしまうわけで、これはちと勘弁。
4番目が『銀盒春秋(ぎんごうしゅんじゅう)』です。
これは有名な、孫臏と龐涓(ほうけん)の故事を描くものです。
5番目は『走馬春秋(そうばしゅんじゅう)』です。
これも有名な楽毅(がくき)が斉をほとんど滅亡に至らせる過程を描くものです。
この楽毅の描き方がまたヒドイんですが。
そして第6が『鋒剣春秋』で、始皇帝が六国を滅ぼして統一するまでの物語となります。
このシリーズでは、とにかく神怪要素が強く、道士や神仙が登場して宝器を使って争います。
また軍師となって活躍したりするのは、だいたい神仙の弟子です。
そして、時に彼らは法術による陣を布いて戦います。
要するに春秋戦国時代に、まんま『封神演義』をやっている物語となります。
シリーズでは姜子牙の魂を継ぐものとして、まず孫武があり、それから孫臏となるとされます。
もっとも、このシリーズ、語り物が小説として編纂されたわけですが、その小説自体、ほとんど残っていません。
残存しているのは、『走馬春秋』の前半部と、そして『鋒剣春秋』の全部。
それ以外は全部失われてしまいました。
まぼろしのシリーズなんすねえ。
ただ、語り物としてはまだ演じられているようで、それでストーリーがいまでもわかる形となっています。
ここでは、ざっとそのあらすじを述べます。
完全に田村彩子さんの論文(注4)に依拠して書きます。
というか、この論文が公開されていれば、このコーナー書く必要ないんすよねえ。
1回から7回
・秦の始皇帝は、天命を受けて六国併呑に乗り出す。
・中心となるのは、王翦・章邯(しょうかん)など、また金子陵(きんしりょう)などが補佐する。
・燕の駙馬孫操(そんそう)と二人の息子が秦軍と戦って死ぬ。
・楽毅の息子楽強(がくきょう)が秦軍と戦うが、王翦の誅仙剣に敗れる。
・斉の襄王が袁達(えんたつ)と李牧(りぼく)を援軍に出す。しかし、両者ともに破れる。
8回から12回
・孫臏は本来下界に降りる気はなかったが、説得されて戦うことに。
・孫臏は法術を駆使して秦軍を破る。
・金子陵は孫臏に敵わないとして、師の海潮聖人に助けを求める。
13回から18回あたり
・海潮の代わりに黄叔陽(こうしゅくよう)が下山するが、孫臏に破れる。
・秦は魏天民(ぎてんみん)を味方に得て、「五行金沙誅仙陣」を布き、孫臏を捕らえる。
・蒯文通(かいぶんとう)が孫臏の代わりをつとめる。
・孫燕(そんえん)が白猿とともに鬼谷子(きこくし)のもとを訪れ、助けを求める。
19回から23回あたり
・鬼谷子、土公孫、黄石公(こうせきこう)、南極仙翁(なんきょくせんおう)らが協力する。
・鬼谷子は誅仙陣を破り、孫臏を助け出し、俗世に関わるなと忠告して帰る。
・弱気になった秦始皇を金子陵が励まし、また海潮聖人は新たに金蓮子(きんれんし)を呼び出す。
24回から33回あたり
・廉頗(れんば)の娘である秀英(しゅうえい)、驪山老母(りざんろうぼ)のもとから趙に戻る。
・孫燕と秀英が結婚する。
・秀英の活躍で王賁(おうほん)を倒し、王翦を捕らえる。しかし、天命に背くのを恐れ、驪山老母が王翦を助ける。
・海潮聖人がついに下山し、混元陣(こんげんじん)を布く。燕の将が何人も倒れる。
・孫臏、蒯文通を使者に立て、劉邦(りゅうほう)・蕭何(しょうか)・樊噲(はんかい)らを呼び寄せる。
・海潮聖人に呼ばれて楊任が出現するが、将来の天命を有する劉邦らには敵わず、帰る。混元陣も破れる。
・太上老君・西方教主・鴻濛教主(こうもうきょうしゅ)らが介入し、孫臏を裁く。燕は滅びる。
34回から45回あたり
・孫臏は斉に戻る。助けた仙人たちも帰還する。劉邦らも帰る。
・毛奔(もうほん)が下山し、「五雷神兵陣」を布く。孫臏は出陣するが、行方不明になる。
・毛遂が救援を求める。白猿はその要請により鬼谷子を下山させる。
・白猿は斉天大聖(せいてんたいせい)に協力を求めるが、大聖は五行山から動けないので、代わりに東方朔(とうほうさく)を紹介する。
・南極仙翁は五雷陣に入り、孫臏を発見する。
・東方朔、変身の術を使って神書を盗みに行くが、二郎神の哮天犬に阻まれ、失敗する。
・南極仙翁、孫臏を救い出すが、今度は白猿が捕まってしまう。
・東方朔の知らせを聴いて、西方朔(せいほうさく)らが助けに来る。
46回から60回
・東方朔、毛奔を倒す。海潮聖人が怒る。
・東華帝君ほか、五華帝君が下山し、海潮聖人に協力する。五華帝君いったん破れる。
・五華帝君、「万象森羅陣」を布く。
・毛遂が捕まり、孫臏は助けに行くが、万象陣から逃れられなくなる。
・東方朔が東華帝君に挑んで殺される。観音に助けを求め、東方朔は蘇る。
・観音から推薦された五人の尊者が万象陣を解く。
・瘟部の神が現れて疫を下す。
・孫臏は天台山に戻る。
・秦が天下を統一する。
最後の60回が、ものすごい尻切れ状態になります。
どうも、最後の過程をあまり語らずに急に終わらせた感じです。
『鋒剣春秋』は、『封神演義』に則っているものの、ずいぶんと中身に違いがあります。
特に、神体系がかなりズレています。
闡教もありますし、截教はあるんですが、海潮聖人が教主になっていたり。
むしろ、後世の神体系に合わせている感じがありますね。
オリジナルな設定も多いです。
王翦は聞仲なのに、全く鞭は使わないんすよね。
誅仙剣ばかりやたらと目立つ感じで。
まあ、金鞭は『封神』で破壊されてしまいましたから、それを踏まえているのかもしれませんけど。
東方朔が出てくるのはまだいいけど、西方朔って誰すかねえ。
鴻濛教主もいきなり出てくるけど、何者。
なんで劉邦が出てくるんすか。
それも、「これこそホントの天子だから殺せない」とか。
理由がアホ過ぎるでしょう。
精査したわけではないのですが、たぶん李信は出てきません。
『キングダム』に関連づけられませんねえ。
ツッコミどころ満載の『鋒剣春秋』ですが、理解した上で読めば結構楽しめます。
最近は研究も増えてきましたし、いろいろ話題が増えそうです(注5)。
自分も、気になる部分は結構ありますので、また勉強したいと考えます。
<注釈>
注1 原文はいまネットのあちこちにありますが、ここでは中国哲学書電子化計画のものをご紹介しておきます。
注2 中文Wikiの『鋒劍春秋』に依拠します。
注3 百度百科の『六部春秋』に依拠して書いています。
注4 田村彩子氏「「秦併六国」の物語-『鋒剣春秋』を中心に-」のあらすじに依拠しています。
注5 台湾師範大の厳翠玉さんの修士論文『鋒劍春秋研究』も大いに参考になります。